【コラム 上村聡】日本には移民の経験が十分にあるはずなのだが

投稿者: | 2015年11月4日

kamimura
コラムニストの上村聡

【11月4日、さくらフィナンシャルニュース=東京】

私がまだ小学校に上がる前のころ、たぶん母方の祖父の葬儀で、明らかに他の人とは違う色白の外国人の女性をみて不思議に思っていたことがあった。私の世代に通じる言い方で言えば、なんで親戚にイーデスハンソンがいるのだろうと子ども心に思ったものだ。

後に聞いたところによると、それほど遠くない親戚の奥さんとの事で、旧満州で出会ってそのまま日本に来て、鹿児島の小さな半農半漁の村に住み着いたとのことであった。話によれば、標準語と鹿児島弁を使い分け、さらにロシア語と英語が出来て塾のようなこともやっていたらしい。実際の所はわからないが、特段差別されることもなく普通の人生を終えたのであった。

真偽不明だが、旧ロシアのそこそこの貴族の末裔で、ロシア革命から逃れて旧満州で私の親戚の伴侶となったのだが、大正から昭和にかけては私の生まれ故郷である鹿児島からはだいぶ旧満州に渡ったようである。私の知っているだけで旧満鉄のタイピスト、あるいは看護婦、無線技術者、そして私の母は臨時国政調査員という役職の公務員だったとのことである。さらに関東軍の憲兵下士官というシビアな経歴の叔父もいた。

旧満州や朝鮮、台湾、あるいは統治委託領の南洋諸島への移民は内国間の移動あつかいであるから移民とは言わないのかもしれないが、多数のネイティブの中に少数者が入り込むのだからそれは相当の摩擦もあっただろう。

あるいは、太平洋戦争前の日本は国策として南米やハワイ、あるいは合衆国にさえ移民したわけだから、実は日本は移民の経験はそこそこ持っているわけで、むしろ異国への移民による経験は豊富なはずである。

翻って見るに、1980年代には労働力不足を埋めるために入国管理法の整備もあって、それなりに労働力を海外から受け入れたりしていた。中国残留孤児という言葉もよく耳にしたのもそのころだったと思う。

政府統計によれば、2014年5月の時点で、在留外国人は206万人。そのうち、特別永住者は37万人。永住者65万人。定住者16万人。すでに移民として海外に出た経験も、移民を受け入れた経験も実は十分にあると思う。

移民に対する心理的阻害の原因があるとするならば、それは、日本はクリスマスどころか、筆者にはただのカボチャ祭りにしか見えないハロウインをも商業的に十分に稼ぐためのアイテムとして簡単に受け入れてしまっているなどの野放図な精神と、いまや日本は人口先細りの、いわば「流行らなくなったバーのマダムの悩み」が蔓延しているからのように思える。【了】

上村聡(かみむらさとし)/1957年(昭和32年)鹿児島生まれの東京育ち。日本大学理工学部物理学科卒業後、科学記録映画のヨネプロダクション等で企画・脚本・演出を10年経験してのち、塾・予備校講師歴25年。現在は個人事業主として、講師業の他、自分でこつこつeラーニング研究を始め独自の教材開発中。

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